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あの日の思い出

今日の朝、連れが何となく言った。
「あれからもう何年経ったのだろう?」
あれから11年経ちました。

一度昔書き記しましたが
ちゃんとは書いていませんでした(書いたような気もするが、
見返してみましたが、9月ではなかったのか?)ので、
今回はしっかり書いておこうと思います。

2001年8月。
私は“溜まったマイルを消費すべく”NY~ワシントンDCを一人旅した。
目的は“世界の中心”と言われるNYを見る事と
スミソニアン博物館を見に行くため。

前も書いたが、米国へ向かう日系キャリアは、
米国現地時間朝方の到着になる。

初めて来たNY、たしかJFK空港から乗り合いタクシーの様なものに
乗せられ、初めて見るマンハッタンの景色に心躍らされていた。
ちょっと良いクラスの宿であれば、仮眠を取らせてくれるが、
安宿なので荷物しか預かってくれない。

昼過ぎにロックフェラーセンターへ行き
(たしか、エンパイア・ステート・ビルの展望台は閉鎖中だった)、
その後、夕方に自由の女神を見た記憶がある。
自由の女神に挨拶した後、歩いて最寄りの地下鉄駅から宿へ帰った
のだが、地下鉄乗る前に休んだのがWTCだったのである。

米国の1日目の夕方と言うのが、一番時差ボケがきつく、
また夏の日差しの中歩いた疲れもあり、
WTCの1階で自動販売機のジュースを飲みながら、ベンチで休む。

今まで「テレビでしか」見ていなかった光景が目の前に。
忙しそうにビルに出入りするビジネスマン。
「これがアメリカだなぁ。」と、自分が憧れたテレビのひと風景の中に
入り込んだ感覚で、少年の様な眼差しで小一時間辺りの風景を
見まわして、自己満足して、宿へ戻った。
(その後のNY、ワシントンはいつか書くかなぁ?
写真無くなっているし、、、)

それから約1ヶ月後の9月11日。翌日の大島出張を前に準備を
していると。居間にいた母が「WTCに飛行機が“突っ込んだ”」んだって。
と、私を呼びに来た。
テレビでその瞬間を初め見たときは、2つのタワーの1本目の横から
煙が出ていた。その時は「訓練していた、
セスナかなんか突っ込んだのだろう。」と、思っていたのだが、
それからの流れは、鳥肌を立て、
声もなくただテレビの画面を見ていた気がする。

1ヶ月前、“日常”に感動したあの場所が、、
1ヶ月前“テレビを見て”あこがれた場所へ行けたことに満足していた、
あの場所が、、
皮肉にもテレビを通じて崩壊してゆくのを目の当たりにした。

翌日の大島は飛行機の出張であった。
母は「飛行機辞めれば」と、根拠のない助言をしていたが、
“仕事であるので”羽田空港へ行った。
空港のセキュリティーには長蛇の列であった。たしか記憶では“靴の中”まで
調べられた気がする。そんなチェックは今まで「したことも」
「されたこと」も無かったのであろう。そして、セキュリティーを抜けると、
テレビに流される特番に皆釘づけになっていた。

次にNYへ行ったのは、2007年であった。たしか、
再開発が本格化していて、
近くに行けなかったと思う。その次に行ったのは2009年で、
職場の同僚が一緒にいたので、鉄の十字架に
黙祷をささげるしかなかった。

あの日から11年。

色々あった。それは、世界でも、自分でも。
あの憧れを未だに自分は持ち続けていると思う。
そして、何年後か新しいビルが出来たなら、
十何年前の自分の思い出に会いに行こうと思う。
by kuttachan | 2012-09-11 22:07 | 日常 | Comments(0)


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